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●白州・浅川画廊ワークショップ「命を紡ぐ」


く 4月25日、中村キースヘリング美術館を去った親玉はトラックに揺られながら白州浅川画廊に旅立つ。いままで長坂から見る甲斐駒が好きであったが、ゆく途中の小淵沢からの甲斐駒は奥にグッと伸びていく優雅さ、いや凛々しさが格好良く、一目惚れしてしまった。八ヶ岳は女性的であるが甲斐駒は男性的である。20分ほどの近距離であるが、釜無川を隔てて八ヶ岳山域より霊峰・甲斐駒山塊に分け入っていく。強い灰汁と精神性に包まれるエリア。そこには浅川画廊の重鎮・浅川純至氏が待っている。
浅川氏は度重なる病気でもリハビリをくり返し、復活劇を果たす。奇しくも復活第一号展は常に私の個展である。私もこのプロジェクトではどうしてもこの浅川画廊を外すことはできなかった。なぜなら、「本物は同じ流れの水を汲む」という氏の信条、そして、画廊のトレードマークにもあらわれるフォッサマグナへのこだわりゆえだ。重厚的なもの、土っぽさ、情念、魂を謳うオーナーの画廊に私の繭玉は共鳴する。
 とはいえ、「命を紡ぐ」ワークショップは、いままでそれほど多くの参加者はいない。今回も実は当てにしていなかったものの予想は見事に外れた。開始時刻ともなるとじわじわと10名を超える方々。中には大地の芸術祭で私の会場を訪れた方もいた。浅川氏を敬愛する方々はさすがに感性も開かれ「遊び」を知っている。私の説明や指示は少なめにして早速ロープを森の木々に結び回る。おかげでオブジェはあっという間に高い位置にまつられ、取り巻くロープはいままでにないオーラを放った。
 今日は天気も最高。萌黄色に輝く森に、柿渋で「再生」しつつある薄赤茶けた親玉は生き生きと映えていた。

 *浅川画廊展示 4/25~5/7 山梨県北杜市白州町白須8097
 *(次回巡回展)山梨県芸術の森公園 5/9・14:00~ワークショップ「命を紡ぐ」他、期間中、企画展示「石田泰  道展」を県立美術館内にて実施中
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●森のアプローチプロジェクト始動

 プロジェクトに登場する108体の繭玉のうち、親玉以外は、当初AVY(Art Villa Yatsugatake)とアルソアの森に展示する予定でいたが、AVY(Art Villa Yatsugatake)プロジェクトは近隣住民の苦情と思わしき情報が管理等に寄せられたことによって中断せざるを得なくなる。そのままAVYに展示していた繭玉約80体は、中村キースヘリング美術館へ巡回し、今日、4月25日、親玉移動日を迎えた。さて、残りの繭玉の行き先であるが、さすがはキースヘリング美術館。快く以後の継続展示の許可をいただき、この森のアプローチにて漂泊することになった。7月中下旬、108体が新潟に還る日までこの森で「中村キースヘリング美術館・森のアプローチプロジェクト」として再始動!。結果的に、親玉以外の繭玉は、ここフォッサマグナのヘソである小淵沢のキースの森と、そこから車で数分のアルソアの森にてコンパクトに鑑賞できる環境が整った。この2つの森で「再生」していく繭玉を是非ご覧ください。

中村キース・アーティストトーク

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4月24日、春とはいえ、小淵沢の新緑はもう少し先のようだ。1週間ほど前には雪も降り、繭玉は雪化粧した。寒暖の差が激しく、地球もどこかおかしい。
さて、この日、20周年記念特別企画・「絆―People,Love&Peace」展のオープニングレセプションが盛大に開催された。70名ほどの招待客に館内は埋め尽くされた。中にはニューヨークなど海外からもお客もいらっしゃる。このレセプションの一環で私のアーティストトークが開催された。桃太郎衣装はさすがに肌寒いが気合いで乗り越す。これほど多くのギャラリーを前にしてのトークは久々だ。反響も上々。「共生」や「つながり」といった観点で30分ほどの楽しい時間を過ごさせていただいた。

繭玉いよいよ山梨県内入り

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中村キースヘリング美術館ワークショップ「命を紡ぐ」開催

小淵沢は八ヶ岳の裾野に位置し、豊かな自然環境に包まれる。日照時間日本一。森と太陽の恵みは太古から縄文文化を育み、人と自然の共生の場となる。それゆえ、生命を育む母胎の環境と似ているといわれる。
キース・ヘリングは1980年代のアメリカ美術を代表するアーティスト。若くしてHIV感染と診断され、1990年31歳で亡くなるまで、アート活動を通してAIDS予防啓発運動にも積極的にかかわった。今年は彼が亡くなってから20年の節目の年。ここ中村キースヘリング美術館では、20周年記念特別企画・「絆―People,Love&Peace」展のオープニングにジョイントさせて私の「命を紡ぐ」ワークショップが開催される。8名の参加者。アプローチの森には親玉をはじめ80体ほどの大小さまざまな繭玉が浮遊した。

繭玉・釜無川上流域を漂流

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霊峰甲斐駒ヶ岳とそれに峰を連ねる鋸岳のどっしりした山塊の横っ面をなめるように、釜無川の上流は大きなカーブを描き源流へと向かう.そのカーブは美しくちょうど長野と山梨の境界と重なっている。富士川の河口と対極の源流に繭玉を配置すべく、国道20号を富士見町あたりで右に折れ、左岸をどんどん上っていく。採石プラントが軒を連ね、えぐられた山塊が痛々しい。大型ダンプが行き交うなかを進んでいくと案の定通行止めのゲートが立ちはだかった。ここから先は岩盤がもろく崩壊の恐れがあるという。この辺はフォッサマグナ構造帯。いたしかたない。適当な河原を見つけ、ちいさな中州まで繭玉をかついで渡渉、撮影した。急ピッチに春を迎えるようなうららかな気候であるが、あたりにはまだ若干の雪もちらついている。雪解け水が水かさを増し、冬の残像のなか、冷たい水の流れはエネルギッシュに流れゆく。
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